深夜特急にみる Antifragility と自由への渇望

"The Black Swan" を書いたことで有名な Nassim Nicholas Taleb は、続編の"Antifragile" において、Touristification という概念を提起した。観光地が消費の対象に成り下がり、人々はパッケージ化された旅程を皆と同じように楽しみ、予測可能な計画旅程にただ沿うだけのスケジュールに従う。それを彼は "黄金の牢屋 / golden jail" と呼んだ。

the worse touristification is the life we moderns have to lead in captivity, during our leisure hours: Friday night opera, scheduled parties,s, schedules laughs. Again, golden jail. (p63)

この対比として想定されているのが、ランダムな出会いを楽しみ、事前に入念な計画をすることもなく、荷物を持ちすぎることもない、Antifragile な旅。

難解な "Antifragile" を読み、内容を消化しきれずにいたところ、友人から『深夜特急』を紹介してもらった。気軽な内容で、サクッと読めそうだ。そんな軽い気持ちで読み始めてみると、そこになんと Antifragile の萌芽を見つけてしまったのだ。

私もまったく計画を立てようとしなかったわけではない。トーマス・クック社発行の『時刻表』を参考にして、一度はコースの大まかなスケッチを仕掛けたこともあったが、途中で馬鹿馬鹿しくなって辞めてしまった。計画を立て、その通りに動くくらいなら、このような旅をする必要はないではないか、と思えたからである。

著者は何を思い立ったか、無謀な旅を始める。それもインターネットが無い時代に、計画することもなく、友人のツテを当てにするでもなく。とても無謀に思えるその旅程の中に、自由があり、Antifragility があった。

今日一日、予定は一切なかった。せねばならぬ仕事もなければ、人に会う約束もない。全てが自由だった。そのことは妙に手応えのない頼りなさを感じさせなくもなかったが、それ以上に自分が縛られている何かから解き放たれていくという快感の方が強かった。今日だけではなく、これから毎日、朝起きれば、さてこれからどうしよう、と考えて決めることができるのだ。それだけでも旅に出てきた甲斐があるように思えた。

無駄で、非効率で、無計画。そんな旅で出くわす思いがけない出会い、感動。この本はきっと、黄金の牢屋に囚われている人々からの、自由を渇望する眼差しを浴びてきたのだろう。

2023-11-12