SNS を開けば、誰かのきらびやかなライフスタイルが目に飛び込んでくる。トレンドのレストラン、最新のガジェット、完璧なバケーション。広告も巧みに「今すぐ買わなければ損をする」と私たちの不安を煽る。これは FOMO(Fear of Missing Out) ——「取り残されることへの恐れ」に根ざした感情だ。
FOMO はただの流行語ではない。それは、私たちの根源的な欲求、つまり「他人と同じでありたい」「輪の中にいたい」という気持ちを巧みに利用した仕組みでもある。問題なのは、FOMO に駆られるたびに、自分の時間やお金、そして心がすり減っていくことだ。
FOMO の歴史は、アメリカの学者ダン・ハーマンによって 1996 年に初めて提唱された概念に遡る。その後、2004 年にハーバード・ビジネス・スクールのパトリック・J・マッギニスが広く普及させ、SNS の台頭とともに現代社会に深く根付いた。
でも、もし「Missing Out」すること自体が、美しいものだったらどうだろう?
BOMO(Beauty of Missing Out) とは、あえて何かを逃すことで得られる自由のこと。他人の尺度ではなく、自分の尺度で生きること。投資家ウォーレン・バフェットが語った「Outer Scorecard / Inner Scorecard」の概念にも通じる。
「他人からの評価(Outer Scorecard)」ではなく、「自分が本当に納得できる基準(Inner Scorecard)」を持つ。それは、「みんながやっているから」ではなく、「自分にとって本当に価値があるか」で物事を選ぶということだ。
たとえば、SNS で流行のイベントに行かなかった代わりに、大好きな家族とじっくり食卓を囲む時間を持てたなら?最新のスマホを買わずに、お気に入りの本をもう一度読み返す時間を得られたなら?あなたは、幾つ BOMO の例を考えつく事ができるだろうか。その数だけ、人生は豊かになっていくのかもしれない。
「逃したもの」の代わりに手に入るものが、実はかけがえのないものだったりする。灯台下暗し。ニ兎を得るものは一兎も得ず。他人の芝生は青く見える。昔から、FOMO と BOMO のテーマは繰り返し語られている。
「みんなと同じでいなければ」という強迫観念から解放されると、自分の人生を取り戻せる。Missing Out は「損」ではない。それは「選択」だ。受動的な諦めではなく、むしろ能動的な行動だ。
大切なものは、きらびやかな SNS の向こう側ではなく、もっと手の届く場所にあるのかもしれない。だから、今日も誰かの完璧なライフスタイルを羨むのではなく、目の前の大切な人とゆっくり過ごしてみる。
Not FOMO, but BOMO。
取り残されることを恐れず、自分にとって本当に大切なものを手に取っていく。そんな、優しくしなやかな生き方を選んでいきたい。