PLUTO を読んだ

浦沢直樹氏の "PLUTO" 全8巻を読み終えた。想定を超えるストーリーのテンポの良さと引き込み力に、一晩で一気読みしてしまった。後悔はしていない。

さすが浦沢直樹ワールドとでも呼ぶべきか。鉄腕アトムという漫画界の金字塔とでも言うべき作品に、真っ向から挑み、砕けることなく、その隣に全く新しい金字塔を立ち上げた。その力強さと創造性の爆発力に、私は感動してしまった。

まず、絵が良い。私は浦沢直樹氏の "MASTER キートン" と "BILLY BAT" の大ファンなのだが、世間では "20世紀少年" の方が有名だろう。そこに描かれている人間は、善と悪がシンプルに区別される古き良きヒーロー戦隊モノではない。そこに出てくる登場人物の瞳は力強く光り、善性と悪性が屈折し、次のページで予想外の展開を期待させる凄みがある。

次に、設定が良い。誰もが知っているであろう鉄腕アトムの世界観を下敷きにしながらも、人間そっくりの外見を持つ特別捜査官ロボットであるゲジヒトを主人公に据えている。その度胸にも感服だが、モンブランやヘラクレスという一人一人の登場人物の人格にも徹底的にこだわり、ただ主人公やストーリーを盛り上げるだけの、使い捨てのような明らかな脇役がこの作品には存在していない。準・主役とでもいうべき彼らのストーリーを、ゲジヒトやアトムたちの世界線を交錯させる中で事件に迫っていくそのスピード感が、心地よい。

そして、世界観が良い。国家間の競争というスケール、これが深まる謎の緊張感を高めるとともに壮大な物語の中に読者を誘ってくれる。そして、捻じ曲がった欲望、死と隣り合わせの中で垣間見えるロボットたちの生への渇望が、渇ききった SF 作品とは一線を画すドラマを与えている。人間とロボットが一見共存しているように見える未来の地球を舞台としながらも、そこに渦巻く人間のロボットに対する差別意識や、それに対するロボットたちの異なる反応が、下手すると渇ききった一辺倒な筋書きになりがちな「人間対ロボット」という対比軸に息を吹き込んでいる。

本作全体に通じるテーマを、私の感性であえて一つ選ぶとするならば、それは「憎悪」であろう。なぜ、プルートゥがプルートゥ足り得たのか。なぜ、あの場面でアトムはアトム足り得たのか。それは決して、紙面に乗り切るだけでは済まない、問い続けるべき壮大なテーマなのかもしれない。

2023-11-26