生き急ぐ、生き急がず

先日、娘と何もない夕暮れを過ごしていた。

最近の土日祝日は、家庭の事情により娘と二人だけで過ごすことが多い。この日は三連休最後の日の夕暮れ。子どもを飽きさせないようにと三連休イベントや遊びを盛りだくさん過ごしてきた後で、少し体の疲労が溜まってきていた。まだまだ遊び盛りの我が子は、部屋で秘密基地を作り、傾斜を作り滑り台に見立て、その上で飛び跳ねている。公園に連れて行く体力はなく、かといって家遊びのレパートリーも無くなってきた頃合いだった。さて、夕飯までの時間、どう過ごそうか。当てもない考えを巡らせながら、そっと部屋から窓の外を眺めている。

五月を迎えて、ここイギリスはロンドンの天気もすっかり春らしくなってきた。雨がじとじと降る日もあるのだが、今日に限っては至って快晴だ。まるで春の訪れを街全体で喜んでいるかのようだ。青空を雲がゆっくり流れていく。空港がそう遠くない場所に立地しているので、飛行機も数分ごとに空を横切っていく。綺麗だ。

そういえば、とふと昔の記憶が蘇ってくる。実に十数年ぶりの風景だ。東北の田舎に暮らしていた子どもの頃は、ただ理由もなく屋根の上に座って雲を眺めるのが好きだった。飛行機こそ珍しかったが、季節に応じて違う形の雲が空を彩っていく。鳥が隊列を成して旅路を急いでいく。夕陽が美しいグラデーションを織りなしていく。ゲームセンターも塾もない田舎の片隅で楽しむことといえば、さっさと宿題を終わらせて、友人の家に自転車を三十分漕いで遊びにいくか、そうして雲を眺めていることだった。懐かしい。

と、そんな束の間の昔への懐古と瞑想時間も、娘の親を呼ぶ声にかき消される。一日遊んだはずなのに、まだ遊び足りないようだ。なんたって、遊びは子どもの本質なのだから。走り回って、飛び跳ねて、ボールを追いかけ回して。いや、遊びは子どものものだけなのだろうか。飛び回ることだけが、遊びなのだろうか。

オランダの19世紀後半の歴史家であるホイジンガは「ホモ・ルーデンス」という著作で、人間の本質は「遊び」であることを提唱した。ただ、心を満足させるためだけに行う、非生産的な労働。食事や睡眠、富を得るといった欲情が伴わない、ただその行動をするという行為自体に目的がある行為のことを「遊び」と定義した。

子ども自体の遊びといえば、公園での鬼ごっこや友人とのサッカー、カードゲームやテレビゲーム、おままごとや大人の真似事が代表的な遊びだろうか。子供時代の僕にとってはそのどの遊びも大好きだったが、ただ雲を眺めるという時間もきっと「遊び」だったのだろうな、と十数年越しに新たな気づきを得て、懐かしい気持ちに浸る。

「そうだ、一緒に雲を眺めてみようよ。夕暮れもきっと綺麗だよ。」

次の瞬間には、口から自然と言葉が出ていた。子供との時間をどう有意義に過ごそうとか、何を学ばせようとか、そういった親のエゴはどこかに消えていた。疲れたのでお菓子でも食べたい、早く眠りたい、という欲望もうっすら影を潜めていた。純粋に、この今という瞬間を、最愛の娘と、自分が好きだった遊びで、共有したい。そして、ただ雲を眺めていたい。そんな気持ちで心は満たされていた。

一瞬不思議そうな顔をした娘は、しかし不思議なことにその提案をすっと受け入れてくれて、二人で窓際に座ることにした。そして僕らは、そこから一時間の間、雲を眺め、飛行機の数を数え、夕日を仰いだ。一時間に二十回は飛行機が空を横切って行った。もしかしてそのうちの一つは日本に飛んでいくのかもね、ほら、エンジンが二つではなく四つあるよ。あの雲はワニみたいだね、大きな口があるよ、その喉元にいるのは羊さんみたいだね。昔に東北の田舎で一人で眺めていた雲と夕暮れを、今はこうして娘と一緒に眺めている。月日の経過とともに、その今という瞬間の愛おしさに、心を奪われた。

イギリスに渡英してからずっと、生き急いできた。キャリアを積み上げ、仕事で成果を残し、技術力を向上することに注力してきた。イギリス生活を楽しんでいる家族を路頭に迷わせないために、ビザによる在留資格を失うわけにはいかない、というプレッシャーも感じていた。日本に残してきた東北の祖父母、僕を海外へ突き動かした彼らに恥じない生き方をしたい、という自分へかけた呪いも感じていた。失敗と葛藤は当然克服すべき過程で、成功と高揚はすぐに吐き捨てていくべきものだ、という固定観念があった。そこに、生き急ぐ理由を求めていたのかもしれない。

しかし、生き急ぐ、というのは自分の弱さでもあった。そして、それを心のどこかで自覚していた。過去への執着と未来への不安が、今という時間を犠牲にして、不確実な道の先へと向かわせる。そしてその中できっと、たくさんの今を取りこぼしてきた。両手に掬った水が、指の間からこぼれていくように。

娘と美しい夕陽に照らされたグラデーション色の空を見つめながら、そんな不安が流れていくような気がした。生き急ぐ、はやる気持ちがそのまま雲に乗って、どこかへ流れていくような感覚だった。隣で座る親の心の中でそのような葛藤と内省が渦巻いていたことをつゆ知らず、娘は、ふと、どこから覚えてきたのかわからないが、僕にとっては初めて聞く言葉を、そっと呟いた。

"I like the life".

2024-05-08