Bounded Rationality

人は合理的だ - 但し、限られた狭い世界の中で。

What is Bounded Rationality

Bounded Rationality とは、「人は限られた情報の中では極めて合理的な判断をすることができる。しかし問題は、完全な情報を持っていることが少ないが故に、非合理な判断をしてしまう」状態のことである。

先日 Blind Spots ("盲点") が意思決定にもたらす悪影響について記事を書いた。Bounded Rationality とは、この盲点を意識せずに意思決定してしまっている状態とも言えるだろう。

システム思考の古典 "Thinking in System - A Primer" では、システムの罠のパターンの一例としても紹介されている。自分の意思決定は合理的に見えるが故に、頑なに自分の意見に固執してしまう。「頑固」「人の意見に耳を貸さない」と他人から言われたとしたら、赤信号だ。

How to avoid Bounded Rationality

さて。課題は、いかにして Bounded Rationality に陥っている状態から脱するか、ということだ。

A. Impedance Mismatch between the System Goal and Subsystem Goals

第一の方法は、自分にとっての合理的な行動の結果が、自分が所属するシステム全体にとって合理的かどうかを考える、という方法だ。思考の抽象度を一段階あげて、自分の意思決定を客観視してみる。自分というサブシステムが、システム全体にとって、どのような影響を与えるのか、を考える。

例えば、都市における個人の車所有について考えてみよう。イギリス・ロンドン在住の共働き家族が、車を買うかどうかを悩んでいるとする。車を買うことで、日常の買い物ではより多くの物を運べるようになり、家族の送り迎えは楽になり、週末の余暇の行き先は増えるので個人の生活は充実する。家族というサブシステム単体で考えた時、車は買った方が良いに、決まっている。

さて。この意思決定で留まるのが Bounded Rationality に陥っている状態だ。システム全体の視点から考え直してみよう。家族というサブシステムを内包するのは、ロンドンという都市だ。都市というより大きなシステムだ。都市計画という観点で見たときに、個人の車所有数の増加は何を意味するのだろうか。

まず、渋滞の増加だ。ロンドン中心部も、シンガポールや東京、ニューヨークのような他の国際都市と同様に、渋滞問題を抱えている。市内に車で乗り入れる際は混雑税を支払う必要がある。車で移動するときに予定の時間を過ぎてしまうことはザラにある。

さらに、大気汚染にも繋がる。車の排気ガスや工場の排ガスによる PM2.5 という微粒子が空気を汚染している問題はロンドンでも議論になってい流。大気汚染注意報が時々コミュニティの連絡網で回ってくる。肺や気管支炎を持っている人は、外出を控えるし、子供を外で遊ばせるかどうか迷う日も出てくる。

こういった問題を避けるために、都市計画としては公共交通機関の利便性を増やし、物流や移動の効率を全体として高めようとしている。個人が公共交通機関を利用すればするほど、都市計画として公共交通機関を中心とした都市作りに投資するメリットが増えていく。一方で、個人が車を所有すればするほど、車を前提とした都市作りに投資されていく。例えば、EV 車のための充電スポットを地方公共団体の予算で設備するのも、車社会を前提とした都市計画だ。

なお、ここで重要な点は、意思決定の境界を拡張したからといって、個人の結論が必ずしも変わるとは限らない、という点にある。例えば、ロンドンからいずれ移住することを心に決めているとしよう。中長期でロンドンの大気汚染に悪影響を与えたとしても、将来の自分や自分の子供には関係ない。短期で個人の生活を最大幸福に寄せる結論を導き出すのは、それはそれで合理的だ。ここでのポイントは、Bounded Rationality を意識した上で、同じ結論を出せているかどうか、という点にある。個人が車を所有すべきかどうかの議論をしているわけでは、決してない。

B. Inversion Thinking - How could I have been irrationale?

第二の方法は、どのような情報を手にしたら、自分の意思決定が非合理になりうるのか思考実験をする手法だ。合理的な結論かどうかを試すために、あえて「どうしたらその逆の非合理になるのか」を考える Inverstion Thinking を利用した方法だ。

例えば、イギリスでは家を買うかどうか、という点について議論してみよう。イギリス、少なくともロンドンでは、住宅価格は近年線形的に上昇し続けており、資産価格はほぼ確実に上がることが予想されているので、頭金の準備とモーゲージの契約さえできる状態にあるのであれば、家は買った方が良い、というのが通説となっている。家を買わないなんてありえない、とまで言う人もいる。

この状態で家を買う結論を出してしまうとしたら、それは Bounded Rationality に陥っている状態だ。その状態で意思決定をしても、結果オーライ、自分が生きている間は住宅価格が上がり続けてハッピー、という可能性もある。ただし、それはあくまでラッキーだっただけである。意思決定のプロセスとしては、改善の余地がある。

さて。住宅価格が上がり続けるので家を買うべきだという通説は、どうしたら非合理になりうるだろうか。

例えば、「過去十数年で住宅価格が上がり続けているので、将来も住宅価格が上がり続ける」という前提について考えてみる。これは、過去のデータから将来のデータを予測している状態だ。過去のデータ、という Boundary ("境界") に縛られている状態とも言える。しかしながら、過去のデータの推移は、将来の値動きと因果関係は、全く無い。過去の値動きから将来の価格を予測できるというのはバイアスのなせる技であって、価格は常に需要と供給のバランスによって決定される。

したがって、住宅価格が上がり続けるためには、家の買い手が常に売り手を上回る状態を維持し続ける必要がある。短期で見ると、ロンドンという、西ヨーロッパ大陸における魅力的な国際都市は、アフリカや東ヨーロッパをはじめとする各国からの移民を惹きつけているので、家の買い手が売り手を上回る状態がしばらく続くかもしれない。ロンドンの住宅に利用できる土地の大きさは、埋立地を作り続けたとしても、移民の数の増加ペースの方が早いと予想することも可能だろう。

一方で、先進国は出生率の低下による世代間の人口ギャップに悩まされている。それはイギリスも例外ではない。さらに、移民の流入を抑制するために、政策が厳しくなっていくという予想もできる。ロンドンの移住先としての相対的な人気は、他の都市と比べて下がっていくかもしれない。西ヨーロッパの経済状況の長期トレンドが相対的に下がっていくことによって、今後はアジアにより人が流れていくことになるかもしれない。この流れが強くなると、家の買い手は想像するペースでは増え続けず、住宅価格はいつかのタイミングで下降トレンドを迎えるかもしれない。

繰り返しになるが、ここまで考えた上で、やはり家を買うという結論になることは全く問題ない。家を買うべきではない主張をしたいわけではないのであって、意思決定プロセスの改善について話している。

C. Visualise - Where are you boundaries?

最後の手法が、自分にとっての境界を可視化・言語化するということだ。そのままの通りで、簡単なイラストやシステム図として書き起こしても良いし、文章で言語化しても良いし、友人と話す過程で言語化しても良い。ポイントとしては、明確に可視化・言語化することによって、境界を強烈に意識せざるをえない状況を作り出す。

これは分かりやすい解決策なので、具体例は紹介しなくても良いだろう。ぜひ、ペンを手に取って、可視化してみてほしい。

How to Go Beyond Boundaries?

意思決定における境界線を意識できるようになったとしても、最後にもう一つ課題がある。どうやって境界を拡張するかという点だ。自分の成長が環境によって制限されていることはわかっているのに、どうしたら成長したら良いかわからない。もどかしい。そんな状態だ。

手っ取り早い方法は、自分の所属する環境やポジションを物理的に変えてしまうことだ。例えば、日本で生まれて日本で育った人が、海外に移住するというのは、直接境界を拡張せざるをえない分かりやすい方法だ。日本文化、日本の地政学的立ち位置、東アジアの道徳観といった、自分の意思決定を制限していたあらゆる境界について、外から見つめ直すことができる。

もちろん、海外移住という手段自体は、それ自体デメリットやストレスをもたらす決断でもあるから、万人にとっておすすめしたい訳でもない。海外移住しただけなのに、安易に海外移住をお勧めするチープなポジショントーク記事を書きたいわけでもない。より良い意思決定の手法について、読者と議論したからこの記事を書いているのである。ここでのポイントは、物理的に環境を変えることが、境界を拡張する手っ取り早い方法であることは間違いない、という点だ。

他にも、自分の境界線を拡張する方法はいくらでもあるだろう。本を読んで知識をつけること。友人と議論して新しい観点を獲得すること。自分が今まで届かなかったレベルに挑んで目線を上げること。いくらでもある。その度に新しい境界を広げて、より良い意思決定をできるようになるだろう。

2024-11-09